みなさんから寄せられた思い出

国体の思い出/高橋 定子さん(岐阜市)

  「45年前の岐阜国体」と新聞に掲載されるようになって、なつかしく本当になつかしく都道府県全部回って、又岐阜へやってくると思うと、感慨深いものがあります。
 45年前、三月に高校卒業して、まだ18才の時、勤め先の推薦により、今でいうコンパニオンの五人の中の一人に選ばれました。名誉な事と、両親が一番喜んでくれました。
 夏の大会は、皇太子様(現天皇陛下)にお会いできた事。美智子様は当時ご懐妊中で、大事をとってお越しいただけませんでした。でも、翌年二月礼宮様ご誕生でとても嬉しかったです。私は19才を迎えてすぐ秋の大会は、近づくと毎日リハーサルで会社の仕事は全く五人共してなかったと思います。秋季大会当日、私は制服、母は着物の正装で会場へ早く行きました。大変な人で私はそれだけで、緊張の連続で、両陛下(昭和天皇両陛下)が、お見えになった時は、私達は一階の本部席、お姿は見えませんが直立不動でお迎えです。超満員の観客から伝わる歓声や拍手での雰囲気に飲み込まれ、それは私にとって両足が震えるほどの感動でした。母が興奮して、両陛下のお姿を見れたと話してくれました。親孝行出来たと嬉しく思いました。私にとって岐阜国体は、その喜びや貴重な経験は、色あせることなく45年経ても変わっておりません。大切な、大事な「宝物」となっております。

 

「写真説明」 
第20回国民体育大会 夏季大会(1965年9月19日~22日) 開会式終了後

夏季大会写真

中央は制服を全て作って下さった先生です。

夏季大会写真

中央は新聞記者の方です。(横は、院長と副院長です。)

夏季大会写真

木原美知子さん(当時高2)と。手足が長く、小麦色の肌が映え、とてもきれいな子と思いました。亡くなった時はショックでした。

夏季大会写真 ブラスバンドの方と。(私の服装が違うのは、不測の事態のピンチヒッターの為です。大会役員の女性の制服で終了後、ブレザーとスカート返却しました。)

 

第20回国民体育大会 秋季大会(10月3日~29日)
開会式の写真(本部席)

秋季大会写真 天皇杯・皇后杯を中央壇上に。手前のカゴには沢山のハトが入っています。生徒さんは、合図があってハトを出します。
秋季大会写真 開会挨拶、終了後。頭上はハトです。佐賀県や、沖縄・香川県の旗が見えます。
秋季大会写真 マスゲームです。沢山のマスゲームがありました。目の前で見えるのは映像と全く違います。(一枚しか残ってません)
秋季大会写真 5人の、「式典進行班」と大会役員の方と(お二人は県庁の方と思います。)
秋季大会写真 ブラスバンドの方と。県警のブラスバンドの方々と思います。私達5人背高い方ですがそれより20cmは高く見えてカッコよく・・・。私を含めて皆ボーとしております。