みなさんから寄せられた思い出

昭和40年岐阜国体の思い出/坪井 進さん(岐阜市)

 当時私は、郡上郡八幡町(現在の郡上市)に居住していました。34歳で二児の父親でしたが、体育大会旗が県下全市町村を廻る旗リレーの隊員に委嘱されて、八幡町内の一区間を隊員数名で走ることになりました。
 八幡町は相撲競技の会場にされて、新しく城山の一角に土俵が造られて、開催の準備が整いました。
 相撲会場へは、天皇陛下の行幸があるとされて居たようです。
 当時、越美南線(現在の長良川鉄道)は、伊勢台風で不通になってしまいましたが、国体に合わせて修復されました。また、国道156号線も大改修が加えられて、岐阜市方面への交通事情は一変しました。
 第20回国体は、郡上八幡にとって大きな変換をもたらした、忘れがたいイベントとなりました。その後「郡上おどり」観光客も大幅に増えて、町の活性化と発展に寄与したことは、八幡町全員が「国体サマサマ」で感謝の気持ちでいっぱいだったと思います。
委嘱状