みなさんから寄せられた思い出

思い出/栗田 鈴子さん(大垣市)

 「輝け はばたけ だれもが主役」手話ソングに乗って動かす手と、口ずさむメロディーに、ふと45年前の岐阜国体を思い出す。日常余り使用しない敬語を毎日家で練習したのを覚えている。
 「まもなく、お召列車がお通りになります」先導車の中で先輩がアナウンスしている横で、コチコチになって座り前方を見つめていた。車一台通らない国道21号線。歩道には、日の丸の小旗をもったたくさんの人々。中学生の子らしき学生が演奏するブラスバンドの音色。そして、養老街道へ。ここまでで私達の仕事は終わり、先導車は空地の奥に入って、天皇・皇后両陛下のお車の通過を待つだけでした。ところが、養老の方から観光バスがきました。あわててその観光バスも空地に入って、お召列車の通過を待つことになりました。そこには両陛下をお迎えする人々は誰もいなかった。観光バスの人達が降りて、一列に並んだ。私も先輩と二人お許しがでて、お車の進行方向に立ち、お召列車を待っていました。お召列車が近づいて来た時、夢のような事がおきた。私には止まったように見えたお車の窓がススーとおりたのです。その途端私はとてつもない行動をとって、一歩前に出て中を覗き込んでいました。白いお顔で小さい赤いお口の皇后陛下がニコッとほほ笑まれ、奥の天皇陛下が右手を上げられ、前かがみになられ、何か言われました。生き雛様を見た様な一瞬のできごとは、バンザイ、バンザイを繰り返す観光バスの人達の声で、我に返ったような気がします。「東京では、このような身近では全体お姿を拝見できない」と、お召列車が遠ざかる後にも、バンザイを繰り返しお見送りする姿と共に私には一生忘れる事ができない思い出になりました。