みなさんから寄せられた思い出

昭和40年岐阜国体の思い出/小島 勝子さん(旧姓 長瀬) (富加町)

 「岐阜国体」・・・・・私にとってはとても懐かしい言葉です。あれからもう45年以上過ぎたんですネ~。
 昭和19年生まれの私の昭和40年は青春真っ只中でした。ある日、突然担任の先生から学院長の部屋に行く様に言われ、一学年上の方と二人で出向きました。身長と体重の確認の後、「学校の代表として二人で岐阜国体のミス鵜飼娘を務めてもらいます。宜しいですネ。何日に説明会があります。代表として恥ずかしく無い様にしっかり務めてください」と・・・・・。確か・・・市内の5校から2人ずつ10人だったと記憶しています。
 頭から足の先迄鵜匠さんの格好をして、黒い足袋に薄い草履を履いて網の帽子に腰蓑代わりの縦縞のエプロンみたいなものをつけて、国体の期間中、ずーっと国鉄岐阜駅で日本中から集まって来られる皆様をお迎えしてお送りしました。まだ国鉄と呼んでいたのも懐かしいです。

 昭和天皇と皇后様も拝見した記憶です。赤ちゃんのように白く柔らかそうな肌の皇后様を遠くからですが拝見した時は仕事を忘れて感激したことを、若かったな~って思います。確かグランドホテルに泊まられたと記憶しています。

 この写真は駅前のターミナルじゃないかと思います。あの頃はデジカメも携帯もない頃で記念写真はこれ1枚きりです。前列向かって右の日の丸の旗を持っていないのが私です。今と比べると国鉄岐阜駅と言ってもガラ―ンとしていて、なる程、車もあの頃の型ですネ。

鵜飼娘