みなさんから寄せられた思い出

しあわせのスタート/石原 節子さん(高山市)

 昭和40年・岐阜国体が華やかに幕を開けた。私は最高に幸せな、20才と憧れの幼稚園の先生としてスタートした頃でした。爽やかな視線をいっぱい受けた胸はずませた明るい私が可愛い園児達と美しいリボンを手に演技しました。この光景は長い人生の中でいつも勇気と自信の心をもらって歩いてきました。


 不思議です、私は第2の人生、結婚は故郷高山で出発しましたが、心の弱い私です、恵まれた中にいても不満心を抱いたり、折角手にした仕事を離れたり、つまずきの人生でしたが、そんな時、いつも普通列車高山線鈍行の列車に長時間揺られながら岐阜迄、色々悩み考へ心の旅をしている私でした。きっと私には一番正しい心を取りもどせる地だったからだと思います。


 66才の私、この町で一番輝いた生き方をさせてもらっていると感謝しています。岐阜県音楽療法士・学童保育指導員として毎日私の大好きな岐阜県の歌を口ずさみがら20才の時と同じ笑顔で沢山の子供達とふれ合います。