みなさんから寄せられた思い出

昭和四十年国体の思い出/長井 敎子さん(関市)

 関市は、剣道会場でした。
 昭和40年10月23日~26日まで、私達の町内は、広島県福山市盈進商業高校の選手5名と、引率の先生を3軒でお世話をし、当家は選手二名のお世話でしたが、子供が小さかったので充分な事も出来ず、夕食後遊んでいたゞいたり、近所の娘さんに(当時関高校3年生)もお話相手やお手伝いもお願いしました。


 忘れられない思い出は、毎朝お出しした味噌汁(日常我家で食している)が、一度も口にしてもらえなかった事です。

 「お口に合いませんか?」

 お尋ねしても曖昧な返事のみで大変困ってしまっていました。国体も終り、キヤップテンの阿部君よりお礼の手紙と、味噌樽が送られて来ました。内味を見て「唖然」としました。白味噌でした。当地方の白味噌より少し黄色ぽく塩味が濃い。手紙文には、申訳なかった理由「黒い味噌汁」は食べた事がなく口に出来なかったとの事。
 受け入れ側も前もって他方面において調べておく必要があった事を知りました。

 

 舅が平成2年11月に他界するまで、阿部君と年賀状の交流があり喪中ハガキをお送りしたらすぐ御厚志まで頂戴いたしました。国体の影響で当地も剣道が盛んになり、息子達も、関市少年剣道クラブで汗を流しておりました。

自宅前で記念撮影

 

自宅前で記念撮影

 

広島県選手・先生と