みなさんから寄せられた思い出

昭和四十年 岐阜国体の思い出/井川 英子さん(岐阜市)

 国体には、家族全員(三人ですが)関りました。母は宿泊所となった我家で、北海道選手団の総監督と副監督二名のお世話をし、父は大会旗リレー中継役員を務めました。私は鵜飼娘として全国から参加する選手団を岐阜駅頭でお出迎え、お見送りする係です。

 この鵜飼娘は、岐阜市内四つの洋裁学校生三十人で国体実行委デザイン委員会が、鵜匠のスタイルを元にデザインした紺の着物、赤い帯、黒白の細いたてじまの腰みのを形どった前掛け、頭はえぼしに似せた黒いターバンを巻き、黒たび、赤い鼻緒の雪駄という服装です。

 十月八日に、国体事務局に集まり、松野知事から一人一人に国体記念章を頂き、激励を受けました。 十月二十二日、二十三日お迎え、二十七日から三十日までお見送りしました。

 その時の新聞掲載写真、記事、送っていただいた記念写真、国体手旗、記念章等大切に保管していた品々を手に見ていると当時の事が蘇ってきます。

集合写真

 

活動風景